山田恵理(ソフトボール)が移籍した理由|生い立ちや経歴まとめ

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ソフトボール日本代表のキャプテンとして注目されている山田恵理選手は、2021年に長年プレーしていた日立からデンソーへ移籍しました。

東京五輪も間近に迫ってきたこのタイミングで、どうして移籍しようと思ったのか気になりますよね。

今日は山田恵理選手が移籍した理由と生い立ちや経歴をまとめましたので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

他のソフトボール五輪代表選手の記事もあるので、合わせてご覧になってもらえたら嬉しいです。

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山田恵理が日立からデンソーに移籍した理由

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オリンピックは2度経験し、日本リーグでもヒット数や打点で歴代最多の記録を持つ山田恵理選手。

地元神奈川にある日立ソフトボール部で19年間プレーしてきました。

「打のレジェンド」ともいわれる山田選手ですが、実は自分が成長できていないことを数年前から感じていたそうです。

でも周りからは大切にされ守られていて「この現状を打破しないとこのまま終わってしまう」と強く思った山田選手。

そんなタイミングで東京オリンピックが1年延期することになり、山田選手は移籍を決意しました。

山田選手は2021年現在37歳です。アスリートとしてそんなに先が長くないと思われる年齢での移籍。。

それはあえて自分を追い込み、良かった頃の身体的・精神的コンディションを取り戻すためでもありました。

こんなに多くの結果を残し「レジェンド」や「職人」と呼ばれるようなすごいアスリートは、年齢を重ねていっても常に進化していたいという向上心があり続けるんですね。

山田恵理選手のプロ意識の高さが伝わってきます。

何かに挑戦するのに年齢は関係ないし、新しい自分を見つけたいという思いの方が強かったので、怖さはありませんでした。本当にすごい新鮮ですし、毎日楽しんでいます。
引用:NHK 
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山田選手が常に上を目指し進化しようと練習に励むのは、上野由岐子選手の影響でもあるんです。

1歳年上の上野選手のソフトボールに対する考え方やトレーニングの仕方に無駄がなく、それを見て学んだ山田選手。

上野選手に筋力トレーニングメニューを作ってもらい、こなしてるうちに筋肉量は落ちずに体重が数キロ減りました。

それによって動きが良くなり、打撃の飛距離も伸びたそうです。

山田選手自身もレジェンドとよばれるのに、同年代の仲間からも教えを請う姿は尊敬しかありませんね。

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【ソフトボール】山田恵理の生い立ちと経歴まとめ

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山田恵理は元競輪選手の父と元陸上選手の母から生まれました。アスリートの血を引く山田選手、身体能力が高いのもうなずけますね。

小学1年生から兄の影響で野球を始め、中学まで野球一筋で練習に励んでいました。

高校進学を考えていた中学3年生の時に、このまま野球を続けても甲子園に女の子は出場できないということを知ります。

そこで出会ったのがソフトボールでした。入学した厚木商業高校はソフトボールの強豪校で、2年連続インターハイで優勝を飾ります。

高校卒業後は日立の実業団に入り、ソフトボールプレーヤーとして活躍。

日本リーグでは

  • 通算安打
  • 通算2塁打
  • 通算3塁打
  • 通算本塁打
  • 通算打点

これらの部門で歴代1位となっています。そしてオリンピックでは

  • 2004年 アテネ五輪銅メダル
  • 2008年 北京五輪金メダル
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北京五輪ではキャプテンを務め、対アメリカとの決勝戦では投手のクセを見抜き、ホームランを打って勝利に貢献しました。

さらに2年おきに開催される世界選手権では、2006年から毎回代表選手に選ばれています。

ですがオリンピックで金メダルという最高の目標を達成した後、その後の目標を失ってしまってモチベーションが下がり、ケガをしたりなどつらい時期もありました。

長い間第一線で活躍するって並み大抵なことではないですよね。

日本のソフトボールは強いと認識されているので、勝って当たり前な雰囲気になり精神的プレッシャーも相当あると思いますし…。

2014年には山田選手の父親が他界され、突然の別れになってしまいました。

それにより「当たり前なことも当たり前じゃなくなる」ことがあると気づき、周りの人をもっと大切にしたいと思うように。そして、頑張る理由が増えたといいます。

たくさんのことを乗り越えて、まだまだ現役プレイヤーとして活躍したいと努力する山田恵理選手に脱帽です。

ところでミズノブランドのアンバサダーも務める山田恵理。

ソフトボールをもっと広めてオリンピック競技に復活するよう、試合以外の活動にも力を入れているんですよ。

こちらは山田恵理選手が実際にトレーニングで使用しているシューズのひとつ。気になる方はチェックしてみてください。

そしてこちらは打のレジェンド、山田恵理が使用するバットです。

同じブランドのバットで練習すると上達も早くなるような気がして、練習の励みになるかもしれないですね!

2021年2月にデンソーへ移籍し、プレイヤー兼若手育成も行っている山田恵理。

一緒に練習をする若手の選手は、山田選手の常にブレずにひたむきにソフトボールと向き合う姿に影響を受けています。

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さいごに

3度目のオリンピック出場に向けて準備している山田恵理選手。

東京オリンピックでは自分自身も楽しみ、誰かの力になれたら嬉しいし、恩返しをする気持ちで試合に臨みたいそうです。

山田恵理選手が心からプレーを楽しみ、活躍する姿を応援したいと思います!

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