山本優(ソフトボール)の引退から復帰した経歴wiki|メンタルが強い!

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タイトル スポーツ
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ソフトボール五輪代表の山本優選手は「不動の4番」といわれ、ここぞという時に頼れる日本にとって心強いベテラン選手です。

実は1度ソフトボール界から引退した過去があり、そこから見事復帰し今に至ります。

そんな山本優選手はメンタルが強いことでも知られているんです。いったいどんなふうに強いのか、そして山本選手の引退から復帰した経歴についてもwiki風に詳しくプロフィールも交えてお伝えしようと思います。

ソフトボールの他の代表選手の記事もありますので、ぜひ合わせてご覧になってみてくださいね。

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山本優の引退から復帰の経歴wiki風プロフィール

名前 山本優(やまもとゆう)
生年月日 1988年8月20日(2021年現在32歳)
出身地 北海道札幌市
血液型 O型
身長 164cm
投打 右投右打
出身小学校 札幌琴似中央小学校
中学校 札幌八軒中学校
高校 北海道当別高等学校

山本優は小学校2年生の時に兄の影響で野球を始めます。地元の少年野球団に入り、中学までは野球をしていました。

ソフトボールを始めたのは高校に入ってからです。野球をやっていたからか、すぐに目立つ選手となります。

高校2年と3年生の時には北海道選抜チームのメンバーに選ばれ、国体に出場しました。

2007年にルネサス高崎の実業団に入り、プロ選手としての活動が始まります。2007年の世界ジュニア選手権にも出場。

2010年、2011年も日本代表選手として活躍していましたが、右肩の負傷により2011年に一度引退を決意します。

2012年7月17日に右肩を手術。

2013年、引退後もソフトボールへの情熱はかわらず、10年後にやりたくなったらできるかなと想像したとき「今やらないと後悔する、チャンスは今しかない」という思いになり、復帰することに。

2014年からは毎回日本代表に選ばれています。

2014年、ルネサスは移管してビックカメラ高崎という社名になり山本優は現在もビックカメラ高崎所属です。

2016年、今度は左肩を故障し手術をしましたが、2017年から状態も良くなっていきます。

2017年の日米対抗戦では、山本優がサヨナラ満塁ホームランを打ってアメリカに逆転勝ち!観客は感動の嵐となりました。

2018年の世界選手権では、日本は惜しくもアメリカに1点差で負けましたが、山本優個人では本大会最多の6本塁打という結果を残します。

2021年現在はビックカメラ高崎で現役プレイヤー兼コーチも担っている、とても存在感のある選手なのです。

日本リーグでは、打点王と首位打者が1回、そしてベストナインに6回選ばれています。

投手にとっては1番心してかかるスラッガーでしょうね。

スラッガーとは「打球を遠くへ飛ばす能力がある長距離打者・強打者のこと」。
英語のスペルはSluggerとなります。
山本優

引用:JIJI.COM

実はプライベートでは料理が上手で家庭的な一面もあるんですよ。好きな食べ物はチョコレート・クッキー・シュークリーム、苦手なものはレバー。

家族構成は本人いわく、複雑なんだそうです。ですが野球を始めたのは兄の影響なので、お兄さんがいることは間違いないと思います。

好きな本は『情熱と挑戦 私の履歴書』。元プロゴルファーの岡本綾子氏が書いた本です。

努力なくして結果なし、現役アスリートが読んでも学びがある本になっていますので気になる方はチェックしてみてください。

幼い頃は人見知りだった山本優選手。現在はそんなことないようです。チームメイトは山本選手を「周りをよく見ていて気が利く」といいます。

ソフトボールの魅力についてはスピード感と頭を使うこと。そしてスーパースターだけが活躍するわけではないところだそうです。

ソフトボール五輪代表の山本優はメンタルが強い!

山本優はこれまで世界選手権に3回出場し日本リーグでも活躍するベテラン選手ですが、オリンピックに出場するのは初めてになります。

山本優が「メンタルが強い」といわれるのは、先ほど経歴のところでご紹介した2017年の日米対抗戦でのサヨナラ満塁本塁打だったり、ピンチの時でも平常心で臨めるところからメンタルが強いと言われるんです。

不動の4番ですが、4番にこだわっているわけでななく「4番は特に意識してないです。打てなくなったら下がるだけなんで」とさらりと答えます。

そしてさらにホームランを打つこともあまりこだわってなくて「ホームランはヒットの延長。そう簡単には出ないと思う」とあっさりしたコメントをするんです。

考え方はシンプルに。「ランナーがいれば還すこと、いなければ出ること」そして常に「打線の一部なので後ろにつなげることを考えている」んだそうです。

自分が輝きたい!脚光を浴びたい!というのはなく、とにかくなんとかしてこの試合に勝ちたい!これなんですね、ステキです。

さいごに

山本優選手にとっては、東京五輪が1年延期になったことでコンディションが整ったんだそうです。

右肩を負傷して一度は引退し、そこから復帰すると3大会ぶりにソフトボールの種目がオリンピックに戻ってくることになり、見事代表選手に選ばれた山本優選手。

復帰したのは必然だったように感じますね。

山本優選手は右肩を手術した日付を自分のグラブに刺繍し、今も使っているそうです。その日がきっと山本選手のターニングポイントになったんでしょうね。

完璧にコンディションを調整した山本選手がどんなプレーをするのかワクワクします!

ソフトボール五輪代表の他の選手については、下記の記事を合わせてごらんください。